「イスラエルの母」と呼ばれた一人の女性

──それは、完璧だからではなく、従い抜いたから

サラ。

旧約聖書に登場するアブラハムの妻であり、「イスラエルの母」と称えられる人物です。

しかし、彼女の人生は、

「信仰深く美しい妻」という一言でまとめられるようなものではありませんでした。

夫が自分を「妹」と偽るよう求められ、

王のもとへ差し出されるような経験さえしました。

何度も移動を重ね、先の見えない旅に夫とともに出発し、

時に、神の約束を信じきれず、

自分で道を切り開こうとしたこともありました。

自分の召使であったハガルを夫に差し出し、のちにその彼女を嫉妬して苦しめた、

感情的で、自己中心的な一面もありました。

そして、神の約束を聞いたとき、彼女は思わず笑ってしまったのです。

年老いた自分に、子どもが与えられるなど、にわかに信じられなかったからです。

しかし神は言われました。

「なぜ笑ったのか。わたしにできないことがあるだろうか。」

◆ それでも彼女は、従い続けた

神の問いかけのあと、

サラは悔い改め、信仰の歩みに立ち返りました。

そこからの彼女は、

「夫を支え、信じて従い抜く妻」としての姿が浮かび上がってきます。

それは、一夜にして成った信仰ではありません。

日々、夫と歩む中で、

迷い、怒り、涙し、それでも神と夫に従うことを選び続けた

サラの「生き方」そのものです。

そして彼女は、ついに神の約束のとおり、

イサクを産みました。

イスラエル民族の母となったのです。

◆ 私たちも、サラのように生きたい

私たち五十嵐キリスト教会は、

このサラのように、

主に献身し、謙遜になり、従い抜く人生を共に歩みたいと願っている人たちの集まりです。

完璧ではないからこそ、

誰かを支え、愛し続けることが、

どれほど尊いことかを知っています。

夫を建て上げ、

妻として、母として、女性として、

神の前にまっすぐに歩むことは、

小さな献身と謙遜の積み重ねから始まります。

教会は、そのような歩みを応援し、

共に祈り合い、学び合う場所です。

一緒に、

「大きな愛は、小さな従順から始まる」

そんな生き方を育てていきませんか?

あなたの歩みを、心から歓迎します。