ある日、イエスさまが弟子たちと歩いていると、生まれつき目の見えない男性が道ばたに座っていました。
弟子たちは「この人が目が見えないのは誰の罪のせいですか?」とたずねました。
当時、人々は病や苦しみを「罪の罰」と考えていたのです。
しかしイエスさまは言われました。
「この人が目が見えないのは、だれの罪のせいでもありません。神のわざがこの人に現れるためです。」
イエスさまは唾で土をこねて泥を作り、それを男の人の目に塗って言われました。
「シロアムの池に行って、洗いなさい。」
「シロアム」とは「遣わされたもの」という意味です。
池は、ただの水場ではなく、「父に遣わされたイエスさま」を象徴しています。
実際のシロアムの池は、エルサレムの南にあり、紀元前700年ごろに造られた水路で水が引かれ、祭りにも使われました。2004年には遺跡が発見され、当時の姿が明らかになっています。

男の人は池で顔を洗い、ついに目が開かれました。
青空や花、人の顔――生まれて初めて見る世界が広がります。
人々は驚きましたが、彼は言いました。
「はい、私です。イエスという方が、私の目を開けてくださいました。」
イエス様を信じるとき、私たちも暗闇から光へと導かれます。
「わたしは世の光です。わたしに従う者は、暗闇の中を歩むことがなく、いのちの光を持ちます。」(ヨハネ8:12)
